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2018-10-08

JORA広報堀内のフランス滞在通信 Vol.1 パリ編

こんにちは!陸上班の堀内です。

北田さんからせっかく長期間フランスにいるんだから、個人レポート書けば?ということで、主観の入りまくった日記風レポートをお送りいたします。

【英訳サポート:Ian MacWilliams氏】

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9月26日羽田空港国際線出発ロビー。前日中国から帰国し、ゆっくりする暇もなく大阪から移動して来た為、出発までそれほど時間はない。事務局の清水さんを待たせているのでかなり焦った。

北田さんのレース用荷物を預かり一緒にチェックインカウンターへ。清水さん、ギリギリになってほんますんません。

初めての羽田空港国際線ターミナル。さすがレイアウトとか洗練されとるの〜と思いながらとりあえず早足にゲートへ向かった。ていうか、広いね羽田。

Parisへ向けてフライト

Fly me to Paris!
Air France@羽田空港

行き先はParis。

20年前、僕はバックパッカーとしてフランスW杯で母国優勝の歓喜に湧くパリの街を歩いていた。

奇しくもフランスが2度目のW杯を制覇した今年、二度目のパリに向かう。この奇跡に近い偶然を引き寄せたのか、引き寄せられたのか。

20代当時は流行りの自分探し(笑)のつもりで見聞を広めたくてヨーロッパをうろうろしていたけれど、40過ぎのオッサンになった今回の目的は、JORA スタッフとして11月4日スタートのRoute du Rhum(以下RDR)に参加する北田さん(貴帆)のレース前準備のサポートとメディア発信レポート。

今後JORAスタッフとして、ホームポートであるLorient (ロリアン)での活動の把握、資材確認等の業務把握。

そして何よりも自分がClass 40に体験乗船して将来レースに参戦できるのか、その可能性を確認する非常に内容の濃いものになるはずだ。

20年の月日を重ねて来て、結婚して社会的責任は増えたけれど、気持ちはあの頃とあまり変わらない。たぶん死ぬまでドキドキするようなアホなことをやり続けるんやろう。

そして12時間フライトの後は、いきなりパリで行われるRDRの公式会見。なんか特派員みたいやね。

CDG空港に着いて直ぐに合流先のホテルに移動。

前乗りしていた北田さん、そして現地通訳フランススタッフのパトリッツィアさんとブリュッセルから朝一駆け付けていただいたヨーロッパスタッフの櫻田さん、そしてタイトなスケジュールの中予定を割いていただいた矢部カメラマンとの挨拶もそこそこに、会場のradiofranceへタクシーで向かった。

rediofrance in Paris

セーヌ川沿いのradiofrance

公式会見の様子は、先日レポートしたので割愛するけど、本当に来て良かったと思う。

「フランスに来るの、10月になってからで良いよ」と事前に北田さんに言われたけれど、「可能であれば参加させてください」とお願いした。

ソロ(シングルハンド)で大西洋横断レースをするなんて、フルクルーのインショアレースばかりして来た自分からすれば本当に想像を超えた世界。

今年春に行われたBartolome森村さんのメルボルン大阪CUP(以下メルサカ)チャレンジのサポートメンバーとして昨年末デリバリークルーで参加し、そこで外洋の素晴らしさに目覚めた。まさに人生をリセットする海洋旅だった。

そしてそのデリバリーがきっかけでメディアディレクターのIanさんに声をかけてもらって、英語が話せるのでOsaka Cupオフィシャルメディアの日本語翻訳スタッフとしてチームに入れてもらえた。

それを可能にしてくれたGeorgeさんとIanさんには本当に感謝しています。メルボルンでの日々がこの機会を引き寄せてくれたのかも知れません。有難うございます。

それから我がホームクラブであり、フィニッシュ側ホストである大阪北港ヨットクラブ(OHYC)のスタッフとして、両方の立場からレースに深く関わる事で、5,500マイルをダブルハンドでセーリングしたコンペティター達はもちろんのこと、その家族と友人達、そして素晴らしいコミッティーチームに日々触れる中、真の意味で人生を充実して生きている人たちへの尊敬と、いつか自分も同じ挑戦者になりたいという思いを強くした。

アントニオ猪木ではないけれど、バカになりきった人は強くて魅力的だ。

 

そして今回のRDR。「JORA スタッフとして一緒にやりませんか?」と声を掛けてくれた北田さんの挑戦を間近で体験できる。しかも今度はソロ。

森村さんの紹介とはいえ、何の実績もない自分にこの様な得難い経験をする機会を与えてくれた北田さん、チームの一員として迎え入れてくれたJORA の皆さんには感謝しかない。期待に応えられるよう頑張ります。

そして、こんなある意味クレイジーな行動を容認してくれる家族に心から感謝したい。僕はほんまに幸せもんです。

でもその感謝を忘れた時が、この幸運で有難い状況が霧散してしまう時だと十分にわかってる。

これからここフランスで過ごす約1ヶ月間は、自分の中でのターニングポイントになると思う。

そんな自分がこの場にいることの意味と感謝を噛み締めながら、夢の実現に向けて誇らしげに立つステージ上のセーラー達を見ていた。

RDRに挑むセーラー達

RDRに挑むセーラー達

北田さんを含め、彼らが直面している高揚感、プレッシャーは全く想像できない。そんな簡単なもんやない。それだけは理解できる。

メルサカでも感じたけれど、コミッティーメンバーは歴代レースのコンペティター達だった。彼らレース経験者が掛ける言葉の重み、説得力は絶大で、現コンペティター達からの信頼と尊敬、友情は言葉にはできない程だった。

そこには確かに見えないバトンの受け渡し、もしくは心の中の義兄弟の杯を交わすみたいなものがあったと感じている。”Welcome to our sailing community!”

メルボルンと大阪で受けたこの感銘は、同じように絶対に次の世代に受け継ぐべきものだ。

40代という決して若くはない年齢で(ヨット界ではまだまだ若手やけど)自分が与えられた役割は何か。それはルーター(接続媒体)になることやと思ってる。

北田さんがヨーロッパの外洋ソロ・ダブルハンドレースで培って来た経験とノウハウを自分が理解し、次の若い挑戦者達に伝えていくことがそれに当たる。

でも一人でできることなんてたかが知れているから、これからはもっと多くの賛同してくれる仲間達を増やして行きたい。

それが大きくなり、日本のヨット界を盛り上げる一助となるんなら、それは最高に素敵なミッションになるだろう。ライフワーク見つけたかも。

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初回の個人レポートなのでえらい肩に力が入った文章になったけど、次回からはもうちょっとこなれていければと思います。

下手くそなオッサンワナビーの戯言と軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。次回はLorient(ロリアン)編です。よろしくどうぞ。

 

[English version supported by Ian MacWilliams]

Hi, Hiroshi Horiuchi here. As a member of the JORA staff, I’ll be reporting regularly on our activities in France and as suggested by Kitada San, this will present as a type of diary.

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I departed Haneda Airport on September 26th and it was all a bit of a rush. Having left China only the day before, I arrived back in Osaka, only to head for Tokyo. Ms Shimizu was at the airport and had a case for me to deliver to Kitada San. I apologized for being late- and was on my way. 

This was the first time that I’d been to the Haneda International Airport. What I saw impressed me although this time I really didn’t have much time to look around.

My destination was Paris. I’d been there 20 years ago as a backpacker and remember the excitement there, as France had won the World Cup. Strangely enough I’m here for the 2nd time and of course France has just won it again. Is this just a coincidence – or some sort of miracle ?

On this occasion, I’m here in support of Kitada San and his Class 40 called KIHO, entered in the Route du Rhum – Destination Guadeloupe(RDR). I’ll be writing articles as a member of the JORA team.

Apart from checking out all the activity in our French home port of Lorient and assisting with preparation of KIHO, I’m keen to see if I can measure up to sailing the Class 40 with a view to future events.

Over the course of 20 years, I got married and increased my social responsibility, but my feelings are not so different from that time. Maybe I will continue doing such a crazy & cool things with my heart beating until I die.

After arriving at CDG Airport after a 12 hour flight I headed to the Press Conference feeling just like a correspondent. Meeting up with Kitada San, I also met Patrizia our French interpreter, Sakurada San a member of our team from Brussels and our photographer Yabe San.

I may have mentioned before that Kitada San had introduced the idea of me coming to France a while back. Other than being excited by the opportunity of making the trip, I was also challenged that one way or the other, I may get an opportunity of sailing solo across the Atlantic myself. Seeing as I have only ever done in-shore racing with a full crew, this was really beyond my imagination.

I guess the starting point for all of this came about with my involvement in helping deliver Bartolome to Melbourne for the Osaka Cup late last year. It opened up Ocean Sailing to me. Then of course Ian and George from the Osaka Cup organizing Committee, involved me in the media for this event. Thanks to them both for the opportunity.

Alongside this is the fact that as a member of OHYC, my home club, I was heavily involved in the arrival of the Melbourne Osaka fleet after their 5,500 NM journey.  Not only did I get to associate with these great competitors but I also mixed with the many family and friends who’d come up to see them. Following this, I have gained a new respect for the Ocean Racing community and wish to join this myself someday.

Now I have been given an opportunity by Kitada San to advance my experience by becoming a member of this team here in France. Beginning with the introduction to all this by Kei San, the skipper of Bartolome, I’ve started with no experience at all and will do my best in the challenge ahead of me.

I also am truly grateful to my family who give me the chance to follow my dream. Having spent some time in France now and watching the sailing community around me, I can see the start of my dream turning into reality.

I can only imagine the pressure that Kitada San faces. Like I felt during the Osaka Cup, this type of event is just not easy. Kitada San no doubt knew this when he became involved in The Transat and he is also challenging the next generation to join this community.

I see it as my responsibility to help increase the awareness of these events and increase the number of friends that surround it both in Japan and elsewhere. That’s my mission.

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