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2025-07-26

Ocean Boot Camp 参加レポート(浦賀ー室蘭港500マイル)【峰雪明久氏】

過日6月中旬、JOSAでは貴帆(Class40)によるOcean Boot Campが行われました。神奈川県浦賀から北海道室蘭港に向けた約500マイルのトライアルに参加された峰雪氏からレポートが届きました。5日間のセーリング中、イルカとのランデブーやマストトップまで登られるなど、貴重な体験を詳細にまとめていただきました。ぜひお読みください。


Ocean Boot Camp 202506


区間:浦賀港〜室蘭港500マイル

期間:2025/06/17〜06/21

文・動画:峰雪 明久氏

写真:JOSA

峰雪 明久氏

20代、湘南や御前崎で週末 Fan Sailing(ウインドサーフィン)を楽しむだけの日々、大海原を滑走するヨットに憧れていた私が初めてヨット(Sailing boat)に乗ったのは40代になってからの事でした。その後海外駐在に行くことになった会社先輩のヨットを預かることになり、インショアレースを中心に艇の管理・メンテ・スキッパーを兼務、入会したヨットクラブメンバーの方々から教示を受けた。 オフショアも経験済だが、本格的外洋レースを考えた時“海の安全に対する学び”を更に深めようとJOSAの主催するシーサバイバルトレーニング(サバトレ)を受講し、その切欠で講師の北田さんが所有するClass40で“メルボルン大阪カップ(メルサカ)” へ参加するための準備で人手が要ることを知った。“5,500mileオーシャンレースとは?その準備とはどういうものなのか??”という興味や、何よりサバトレで北田さんの講義が素晴らしく更にどんなことでも吸収したい一心でこの準備にも参加させていただいた。本来ハイレベルなセーリングスキルを身につけられる場としてのOBCだがメルサカ準備に足げなく通う私に対し特別にチャンスをいただくことが出来た。感謝!!!

乗船メンバーは、ヨット歴も長く国内外の外洋レース経験豊富で既に一昨年OBCにも参加されている堤さん。ヨット歴は浅いが2025年小笠原レースで完走されているフランス人のDavidさんの計3名、使用艇はClass40(貴帆)だ。

6月17日 浦賀出航

外洋への洗礼

今年も不安定な天候が続き梅雨入りが発表されたばかりの関東地方では南の高気圧が前線を押上げこの夏初めての熱帯夜となった翌日、1ヶ月半前からウエザールーティング開始後に満を持して出航判断が下った。

14:00出航、緩めのアップウインドながら既に30,000mile以上走破した貴帆のメインセールは今回パフォーマンスの70%設定で使用する事が条件となりワンポイントリーフでソレント(№1)を選択、過密な東京湾の本線をすり抜け館山湾を目指す。平砂浦手前で風が西寄りに振れると徐々に10ktに、舵を取るように指示が出る。波も次第に大きくなり波長に合わせ艇のパンチングを抑えるようにアドバイスが飛ぶ。3mのバルブキールと余裕のあるオープントランサムからなるツインラダーは思いのほか安定していると感じたが、それでもVMGに対し無駄に舵を大きく取り過ぎていると注意を受ける、Class40のヘルムは思った以上にシビアであることを実感する。

数回のタック後に舵を交代、日没のころ洲崎を超え野島崎灯台目前、ここは風も強く潮流が複雑で過去にも大型船の沈没事故が複数発生している難所として知られる場所だ。予報以上に風が上がり15ktに達するとメインを2ポイント、“ソレントをファーリングしジブをステイセル(№3)に変更”との指示が出た。強まった太平洋高気圧により消滅した筈の前線が未だ残っていたのだ‼“噂通り魔の海域!”そう思う間もなく、突然立ち上る巨大な波の欠片が貴帆の大きなドジャーを超え蒸し暑さでカッパを脱いでいた私の頭部へ降り注ぎ照った体が一気に冷える。波長は短くなりアッ!という間に三角波へ、しかもこれまで見たことが無い程の高さへと変貌する。風は20ktを超え、安定していたスターンが大きく揺さぶられ体勢を低くテザーを掛け振り落されない様にするのが精一杯、急激に冷えた体が硬直、更に夕闇が平衡感覚を麻痺させ…指示通りのピット作業どころではなくなっていた私の目前に、北田さん自ら素早くデッキへ駆けあがり私に代わりジブ交換へ・・・。

初日に東京湾の出口=外洋の入口で洗礼を受け、自身のセーリング経験を振り返ると何とも愕然とした思いがした。早々オーシャンセーラーの在るべき姿の一端を垣間見るとことなった。

6月18日 銚子沖

北上

進路を60°に変針犬吠埼を目指す。風は徐々に落ちはじめダウンウインドで安定してきた。

堤氏(向かって右)からワッチについてのレクチャーを受ける

メインはワンポイントリーフにジブはソレント。堤さんがリーダーシップを取りワッチローテーションや引継ぎのポイント等細かく教示を受ける。基本は理解しているつもりだったが実践的な部分で抜け落ちていること、理解不足であることに気づかされる。クルーワーク(コミュニケーション)の重要性を再確認する。

6月19日 いわき沖

ランデブー

金華山を目指し北上を続けると更に風は落ち機走がメインに。スクリューピッチの浅い貴帆は艇速(5knot程度)が上がらない。何とか加速しようと左右にシフトするダウンウインドを捕まえてジャイブと走行風の抵抗を抑えるべくソレントの開閉を短いスパンで繰り返す時間が増える。

イルカとランデブー

そんな我慢のセーリングが続くなか、突然北上するイルカの大群に遭遇!その数は数十頭!!! 過去に三宅島で遭遇したそれと比較にならない。「え⁉こんなところに!?!?」(※初夏に房総から三陸沖にかけて時よりカマイルカの北上が見られるとのこと)。

その後数時間に及ぶ彼らとランデブーは今回のOBCで大きな癒しとなった。

620日 三陸宮古沖

海中戦vs空中戦

金華山を超えると2kt程度の追い潮が徐々に弱まると風も落ち更に三陸特有の霧が行く手を阻む。視界は50m程度、漁船や走錨中の本船が増え始めワッチに力が入る。そんな中、前日から発生していたAIS不調がこの後に起こるトラブルの前兆であった。

早朝、ワッチ交代直後キャビンに入ると、船底から鈍い異音と軽い衝撃を覚えた。エンジンの前進後進を繰り返えすが変化無く走行不能に陥る!どうやらスクリューへの異物嚙み込みの様だ。選択肢はただ一つ、潜水作業でスクリューの異物を直接除去するしかない!ウエットスーツとシュノーケルキットが素早く用意された。「寝起きだけど大丈夫?」休憩明けで支度中の堤さんへ確認すると「大丈夫です!」堤さんはオーストラリア在住歴もあるダイビングも名手、ウエットスーツに着替えると我々の心配をよそに素早く入水し一瞬にして除去!お見事!!異物は海藻でスクリューのダメージ無く事なきを得た。

その後1時間程経過した頃だった。前日からのAIS不調について夜を徹して原因解析を続けていた北田さんから“マストトップVHFアンテナ確認”の指示が出た。「あっ!!」見上げた瞬間直立不動である筈のアンテナが風見の如くクルクルと円を描いているのが確認でき、ケーブルも脱落寸前の様に見える。クルー全員を集め緊急Meeting。「AISはスターリンク経由で受信可能だが送信が出来ない、更に…」この状態で帆走した場合アンテナ及びブラケット脱落によるセール等への二次被害とそれら考えられる幾つかのリスクについて説明があった。「宮古に入港するしかないかなぁ…?」距離は15mile、「それまで持つかなぁ…??」数秒の後「マスト登ります!」自ら申し出た。海面は比較的穏やかだが時より南東からのブローが船体を揺らす。明確なリクス共有により私自身の迷いは無かった。「良し!行こう!」判断が下る。貴帆のマストは18mで7階建てマンションに相当する高さだ、実はメルサカ準備中ウインドセンサー不具合あり自身マスト作業の経験があった。パワーは無いが体重57キロの軽量級、それでも三陸沖、視界悪くいつ突風が来るか分からない…そんな状況下恐怖感が無いと言えば噓になる。素早くマスト作業用ハーネスが用意された。「これはボルボオーシャンレースで使用しているものと同じだよ」更に信頼感が増す。一刻を争う状況、全員でセールダウンした後シートにハーネスを装着するとウインチを堤さんDavidさんが担う。「信じてます!」二人に一言告げた後一気にマストトップへ…途中数回ブローで体が煽られたが、この状況下北田さん絶妙のティラー捌きで艇は殆ど静止状態でコントロールされていた“正に神業!ステーに固定用のナットが無くなっており修復を断念、”脱落寸前のVHFアンテナを回収し万事無傷でデッキに降り立ったが18m上空で不安を感じることは全く無かった。

全員のチームワークでトラブル回避のご褒美として今日の昼食はスペシャルランチ!(いつもはレトルトカレー)私は“フランス製クリームサーモンパスタ”をチョイス。フリーズドライながら日本のそれとは全く違う味と香り「美味い!」束の間緊張が和んだ。

6月21日 津軽海峡

滑走

いよいよ最終日、尻屋崎を目指し更に北上。1ktの追い潮がとうとう向かい潮に入れ代り、少しでも加速しようと前後左右からガスティーでシフトする弱い風を掴もうとジャイブとジブの開閉を繰り返す。このままだと室蘭到着予定が日没後に、マリーナ入口に巨大なホタテ養殖の定置網があり明るいうちに入港したい。雨雲レーダーによると昼過ぎから雨予報「最悪!」デッキで全員の言葉が響いた。

日の出と共に尻屋崎を無事通過し津軽海峡へ、視界は開け風も東に変わり内浦湾に入ったところで15ktを超えてきた。貴帆のセールチャートによるとフルメインにA5若しくはコードゼロだが、パフォーマンス70%を維持しジブはソレントをチョイス。更に風が上がりヒールし始めるといよいよ“ウォーターバラスト注入!”ハイクアウト8人分のスタビリティーを発生するという。

風は20kt、ボートスピードは10ktに迫るが走りは安定してきた!“これってモーターボートか⁉⁉”今までヨットという乗り物で体感したことのない感覚は正に“滑走”…パフォーマンス70%ながらClass40の威力を実感する。

地球岬展望台が目視できる付近で入港に備えセールダウン、重要課題の一つ強風下20ktでのセール収納だ。迅速かつ確実にセールダウン・ファーリングし、安全に艇をコントロールしなければならない。先ずはソレントのファーリング、私は重い4倍速のウインチは5周程しか回せずトルクダウン、強風で激しくシバーするソレントに「最速で巻き取るように」と注意が飛ぶ。カーボンセールはフラッター(共振状態)させると容易に裂けてしまうのだ。因みに前回のOBCでこのウインチに苦戦されたという堤さんは見事リベンジに成功しこの4倍速を使い熟し秒速で収納していた(流石!オーシャンレーサー!!)。かく言う私はようやく巻き取ると息が切れたままマストベースへ駆け上がり今度はメインダウン、こちらも重くてなかなか降りてくれないがリーフシートを使うようにとアドバイスが効いた。全てに言えることだが特に強風時の作業は一つ一つ迅速かつ正確さが要求される。道具の破損や自分のみならずメンバーを危険に曝すことがある“うっかり”も許されないのだ。

入港アプローチのナビゲーションはタブレットのチャートを見ながらヘルムへ方位と目印を正確に伝えなければならない。幸い雨に降られることも無く、最終日の“滑走”が効き予定より30分ほど早く日没前に室蘭エンルムマリーナの皆さん総出の出迎えで無事入港を果たすことが出来た。

北の大地に降り立って…

  • シート収納順序と方法
  • ジャマ―のかけ方
  • ハリヤードの引き方
  • ウインチの使い方
  • ウインチハンドルの使用/収納方法 、等々…

これら“基本のき”はこれまでサバトレのみならずOBC諸先輩の方々のレポートでも周知の内容だった。しかし実際その場の状況や連続した手順が組み合わさると応用が利かず出来ないことが非常に多くあった。体力的な問題以上にそれらの目的(何故そうすべきか?)が充分理解できていないことに気が付かされる。

例えば、バウの長いジャックラインを見るとねじれてセットされている。質問した直後に自身でも気が付いたが強風での振れ止めや安定性を確保しテザーを安全にかけ易くするためだ、自身が乗る船で何度も張ったことはあるがこのように装着したことはなかった。“すべてに理由がある”と北田さんは言う。

海上、特に外洋に於いてその状況は刻々と変化し時に予測不能であることは日常的だ。

メインセールのリーフ時に次に悪くなることを想定したリーフラインの準備はその最たるものでそれらと向き合うとき、そのすべてに深い理由がありそれらはセオリーやカンやコツによるものだけでなく実践的かつ統計的な“確からしさ”に基づいている。

3M(道具・方法・人)というフレームワークがある。特に自然が相手のヨットの場合プラス「環境(3M+1E)」というのが当てはまると思う。道具は使い方が解らなければ無いも同然、使えるスキルが無ければ役に立たないことは言うまでもない。航海3日目スクリューの巻き込みでの潜水やVHF不調でのマスト昇降作業のトラブル対応時に潜水キットやハーネスまでもが使用できる完璧な状態で瞬時に用意されたことには本当に驚いた。

貴帆の船内はシンプルであるべき所に必要なものが整然且つ合理的に収納され無駄が無い故に快適だ。その快適さが安全安心を生む、予期せぬトラブルに対峙する北田さんのアプローチはそれら影響度がリクス評価し尽され更にクルーへの説明も明確で分かり易い、それに応えようと(応えきれなかったが…)信頼感が増す、ハード・ソフトの両面に於いて素晴らしい体験をさせていただいた。

“充実感”というには程遠いが、今後何処でどのようなセーリングをしても学び続ける姿勢を忘れず…外洋へチャレンジできる様…私自身また何かが始まる予感を感じて今回のOBCを終えることが出来たことは大きな収穫でした。

OBC参加メンバーで記念撮影(左からDavid氏、堤氏、筆者、北田氏)
OBC参加メンバーで記念撮影(左からDavid氏、堤氏、筆者、北田氏)

堤さんDavidさんにも多くの学びをいただいたことこの場をお借りして感謝申し上げます。

北田さん、そして皆様本当にありがとうございました!

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